新興宗教 って なんですか

婚約者は創価学会員でした

足踏み状態

彼と電話で話した翌々日、ラインで話をしました。元々は彼からの雑談で始まったのですが、私から学会話を振って。

 

前回ほど詳細には書きませんが、やっぱり彼と彼の家族は、私や私の家族に対して「心配しすぎ」という認識のようです。結婚すること自体は前向きに捉えてくれているものの(私が無宗教、信仰するつもりもないということは承知済)…なんだかモヤついています。私からすれば、彼らは「楽観的すぎる」。学会から見て外部である私と、内部である彼。考え方にギャップが生じてしまって、この溝を埋めるにはどうすればいいんだろうかと…。これが結婚後もきっと続くことは想像に容易く、そのたびに頭を抱えるのはきっと私の方なのです。

 

別れを考えたこともあったけれど、それでもその選択を取らなかったのは、一緒に居て確かに幸せだったこと、そして宗教を理由にそれを手放したくはなかったからだと伝えました。一言、「ありがとう」と返ってきました。

 

 

母と兄*1に、改めて相談しました。また追って更新しようと思っていますが、板挟みの状態です。自分の結婚話が家族に受け入れられない、喜ばれない。頭では分かっていましたが、実際そうなると辛いものですね…。

 

なんでこうなってしまったんだろう。誰を責めることも出来ないからこそ歯がゆくて、今はどうすればいいのか分からないです。

*1:頭が良く、自我が良くも悪くも強い人。

「大変だなあって」

前回の続き。

 

母にプロポーズ報告&彼が学会3世であった相談をしました。

明確に反対されたわけではないものの、決して賛成もされませんでした。

 

学会問題に関しては、私はひとりで抱え込まないでいようと思っているので、彼に「仕事終わりに話したい」と連絡。何かを察したのか、「悪い話?」と聞かれ、「別れ話ではないけれど、一昨日連絡した関連*1」とだけ伝えて。

 

以下から会話形式で書きます。あまり取り繕わないで伝えたので、もしかしたら不快な表現もあるかもしれません。お含みおきください。

 

 

私「ラインでも言ったけど、一昨日母親に報告したの。最初はお互いに当たり前が違うことを分かっていければいいねって言ってた。でも昨日の昼間に母親も色々調べたみたいで…あなただけでも抜けることは出来ないのかって聞かれた。」

彼「…うん、それで?」

私「あなたは生まれたときから学会がそばにあって、宗教と一緒に生きるのが“当たり前”でしょ?私は、お宮参り・七五三・初詣は神社に行って、クリスマスも祝って、お葬式は仏教で…。「こういうときってこういうことするよね」っていう日本の文化に従ってそういうことをして、ひとつの宗教を信じるってことをしてこなかった。だからね、宗教って聞くと身構えちゃうの。…前に、「日本人は宗教に対して過剰反応しすぎだ」って言っていたでしょ?それがね、私の“当たり前”なの。分かってほしいのは、私や私の家族が特別過剰反応してるわけじゃない。それが“当たり前”なの。」

彼「…俺も色々迷ったよ。うまくいくのかなって周りに聞いたりもした。片方が学会員で、片方は信心しないままの人もいるし、結婚を機に相手に合わせて信心した人もいる。色々いるよ。大丈夫だよ、別にそれは」

私「私は、あなたが学会員だろうが学会員じゃなかろうが一緒にいたい。…付き合ってるだけならそれでよかった。結婚って違うんだよ。」

彼「違うかな。別に俺側の葬式だって出たくないなら出たくないでいいじゃない。」

私「それは違う、違うよ。付き合ってるんじゃないんだよ、お嫁に行くんだよ。あなたの親族のお葬式に、嫁がいないってそんな非常識なこと出来ない。…学会のお葬式って、みんなでお経を読むんでしょ?」

彼「…そうだったと思う」

私「私はそういう状況にあったことがない。…私はきっと、学会のお葬式に行ったらびっくりしちゃうと思う。わかる?あなたの隣で、私はギョッとしちゃうの。きっと疎外感や違和感を覚える

彼「…うん」

私「今まであなたが当たり前のように信じてきたもの、やってきたこと、言葉にすることに対して、今みたいに疑問を投げかけたり、驚いたりする。“当たり前”が違うってそういうことなんだよ。結婚したあと、きっとそういう場面が何度もやってくる。それが“そうじゃない人”と結婚するってことなの。」

彼「…」(黙ってしまった)

私「…責めるような口調になってごめんなさい。別れたくて話してるんじゃない。前向きな気持ちであなたと一緒にいたい。だから、こんな不安なままで進めない。」

彼「お母さんがどんなものを見たのかは分からないけど、ネットって誤った情報、事実じゃないことばかりなんだよ。」*2

私「うん、嘘もあると思う。でも全部が全部嘘じゃないと思うの。真実だってある。…話したかったのは、“そうじゃない私”と結婚することがどういうことかって、あなた自身でもう一度考えてほしい。何回も言うけど、あなたが今のあなたになった背景には学会があるってわかってるから、私から脱会してほしいとは言わない。あなたが自分で考えて信仰することを決めたなら、それを尊重する。…でも、あなたの信仰心を理解することと、学会自体やその活動について私が受けとめきれるかどうかって別の問題なんだよ

彼「わかった。俺はやめることは出来ないけど、ちょっと考える」

私「…私ばかり話してごめん。」

彼(再度沈黙)

私「…私でいいの、本当に。大きく受け止めること出来ないよ、私。」

彼「…あいこしかいないと思ってるよ」

私「どう思った、私がいま話したこと聞いて」

彼「…大変だなあって

私「なにが?」

彼「なんか、いろいろ

私「…私から伝えたいことはそれだけ」

 

このあと、彼が何か話し始めるかと思って待っていましたが、何も言葉を発さなかったので「切るよ?」と言って終話しました。

 

 

やっぱり「あいこは考えすぎだよ」感が否めない。

そしてなんだか他人事…なのかなぁ。最後に彼が発した「大変だなあって」という言葉の真意が分からず、わだかまっています。

 

今現在、彼や彼の家族は信仰の強制はしないと言っている以上、先に進むには私の覚悟が決まるかどうかが一番の問題。覚悟を固めるための確認作業をしている、といったほうが正しいかもしれません。

 

 

彼のここ一か月の変化として。

会う頻度が少ない(月に2度程度)のは前回も書きましたが、加えてお互いに連絡不精な性格で、LINEで連絡を取るのも週に1度で、彼からの連絡待ち。私から連絡することはそうそうなく、電話もよっぽどのことがなければしません(仕事の都合で会えなくなっただとか、そのレベル)。それに対して不満を感じたことはありませんでした。

彼からのカミングアウトを受け、私から学会関連で連絡することは確かに増えました。それでも、この1か月で2度です。

そして、彼から学会関連以外の話で連絡が来ることも増えました。要は普通の雑談。ここ1週間は毎日来ています

…彼は彼なりに、何か思うところがあるのかもしれません。

 

 

この1か月、何度も「別れた方がいいんじゃないか」と思いました。そのことも、彼に伝えようと思っています。ただ、脅し文句ではなくて、「その可能性が生じるくらい大きな出来事だったけど、それでも一緒に居たいと思った」ということは、言わなきゃ分からないだろうと思うのです。

 

私の性格上、「大丈夫だろう!」と楽観的にことを進めることも出来ず、だからと言って決着点をどこに持っていけばいいのかも分からず…。

 

ただ一つぶれないのは、彼と別れたくはないということ。それを頼りにしていくしかありません。

*1:母へ報告したその日の夜、彼にはある程度のことはラインで報告済

*2:色んな元学会員の方、学会員のパートナーの方のブログを読むと、学会員の人って「週刊誌やネットに流れる悪い噂は全部嘘だ」って口をそろえて言うんですよね。そういう教育を受けてきたとはいえ、なんだかなあと思ってしまう…

「当たり前」が違うこと

ちょっと身バレ疑惑があって隠れておりましたが、心配ありませんでした…よかった。

この何日間かで進展があり、その記録です。

 

 

前提として、彼と私は比較的離れた場所に暮らしており、平日会うのが難しいです。それに加えて、休みは一方が暦通り、もう一方がシフト制という状況で、結果的にひと月に会えるのは2度程度。プチ遠距離とでも言うような感じ。

 

で、この前の土日は2週間ぶりに彼と会いました。前回の更新はその合間に電話で話したこと。なので、会っているときは学会の話はほぼしませんでした。夜ごはんを食べているときに、「お互いに尊重しあっていきたいね」という話をした程度あくまで前向きな話です

そして今後の予定について。私が現在実家住まいで彼よりも年下ということもあり、両家への挨拶は少し間を取ろうか、ということになりました。上記記載通り、お互い仕事の都合もあるので、ゆっくりと進めていこうと。夏頃挨拶、秋頃に同居開始、入籍。式は来年の春以降。

 

 

…それまでに、いろんなことの覚悟を決めなければいけません。

 

 

実は、家族にプロポーズされたことを話していませんでした。プロポーズとカミングアウトがほぼ同時だったので、私の中で考えをまとめる必要があると思いました。

前回の記事通り、ある程度まとまったのでまずは母に相談しました。「プロポーズされたんだけどね、創価学会の人だったの」と。母と彼は一度だけ会ったことがあります。「ええええ!!」と声をあげて驚いていました。そりゃそうだ。

母はどちらかというと楽観的な性格(年取ってそうなった、と)なので、色々心配ごとはあるものの、二人がいいならいいんじゃない、と言っていました。最初は。

 

報告の翌日の夜、会社から帰ってもう一度母と話しました。母も、ネットでいろいろ調べたみたいです。基本的にネットで最初のほうに出てくるのは学会の悪い噂と評判です。…「彼だけでも脱会することはできないの?」と言われました。

 

それが出来るなら、こんなに悩んでないんだよママン。*1

 

あくまで、彼は私たちに強制する気がないんだって。「そりゃ、今は結婚前の恋人同士の関係だからそう言うよね。いざ結婚したら覆されるかもしれないじゃない」。

おっしゃる通りです。

そういうことを書面で取り交わす人もいるみたい。「それをして本当に家族になれるの?そもそも、自分のこと信用してないじゃないかってサインなんてしてくれないよ普通

おっしゃる通りです。

 

それでも、私の母はだいぶ寛容だと感じました。別れろ、とは一言も言わなかった。それに、「これがキリスト教の人で、毎食前には祈りを捧げたり日曜朝はミサに行かなきゃダメって人でも同じように感じたのかなあ…」と、ある程度、自分が学会に対して差別的な見方をしてしまっていることを自覚していました*2

母は選挙活動の電話を受けたことはあるものの、熱心な信者からの折伏等で迷惑をかけられたことはないとのことでした。あるのは、世間一般に広がる懐疑的な見方、捉え方。私と同じです。というよりも、そういう母に育てられたのだから私も懐疑的になった、という方が正しいかもしれませんね。

 

 

反対はされませんでした。ただ、賛成もされなかった。

 

 

私の母は、「当たり前が違うって大きいよね」と話していました。彼は生まれたときから傍らに学会があって、ひとつの宗教と寄り添っていくことが「当たり前」。一方私は、お宮参りや七五三、初詣を神社で行い、クリスマスもお祝いすれば、お葬式は仏教。「こういう時期・イベントはここでやるよね」という、信仰心というより、日本の文化に寄り添っていくのが「当たり前」。人生のいろんな節目に行われる出来事に対する「当たり前」が違う。

 

私の今ある不安は、全部そこに尽きるんだと思いました。自分の「当たり前」が崩されることへの不安・恐怖。…そして、それは彼にとっても同じであること。

 

 

長くなったのでここで一旦切ります。次記事で、彼にぶつけた「当たり前」が違うということについて、私がなんと伝えたか、そしてそれに対して彼がなんて言ったか。

割とひどい伝え方をしてしまったと自覚していますが、後悔はありません。素直に感じていたことを伝えました。

 

詳細は次回。おやすみなさい。

*1:私といないときはお題目あげてるらしい、とは言えませんでした

*2:これがキリスト教だったら、というのは私も考えていたので

私のスタンス、彼のスタンス

ここで「創価学会とは何ぞや」というのを語るつもりは毛頭なく、ただこの数カ月間、信者のブログもアンチのブログも読み漁り、比較的中立的であろうと思われる宗教学者のそれに関する本を読み、学会内では尊ぶべきものとして扱われているであろう、池田さんの本を読み、近所の図書館には聖教新聞が置いてあった*1ので1週間分程度ではありますが目を通しました。

 

その上で、私が出した結論は「否定も肯定もしない」。

宗教の“教え自体”に対してのスタンスです。なので、それを信ずる人達のことも「否定も肯定もしない」。創価学会に対してだけではなく、キリスト教やその他の宗教に関しても同様です。

神社やお寺へのお参りは日本人としての「慣習」で行う。それだけです。

 

ここまで創価学会が疎まれる原因となってしまったのは、教えが絶対的に正しく、それが唯一のものだと信じ、それを理解しようとしない人を排除しようとしてきたこと。もはや犯罪とも言えるような、思想を強制させるような行為を続けてきたこと。…そしてそれが、今もどこかで続いていること。自分がいつ、そんな狂信者に遭遇してしまうかわからない不安。彼と結婚することで、その不安が大きくなるならば一緒には居られません。

 

私は、彼や彼の家族にそれをされたら、そして、そういった人達から、彼が私を守ってくれないのだと分かったら、別れようと覚悟しました。

 

 

各国でカルト認定を受けていることや、数多くの裁判で敗訴していること、規格外の寄付を信者から受けており、その収支は公にされていないこと。叩けば叩くほど埃は出てきます。

それでも、信じる範囲を自分で決め、他人には強制しない。生きる上で心の拠り所にし、つらい出来事を乗り越える糧にしてきた。そういう、宗教としてあるべき姿を保つ「普通の」信者の方も居ると思うのです。

 

彼や彼の家族がそうであれば、歩み寄っていける希望は残っているはず。

 

 

そして先日、彼自身はどういう考えなのか確認することができました。

・毎朝5分程度、題目をあげていること*2

・会合にはここ数年、参加していないこと*3

・信仰は強制するものではない。私、私の家族の入信に関しても同様であり

 将来生まれてくる子どもに対しても押し付けるつもりはないこと

・彼母に私の話をしたとき、「学会のことを話して、離れていく人でなければいいね」

 「あなたはあなたの家族を持つんだから、うちが信仰に対してどうこう口出しはしない」と言っていたこと

・日本は宗教というものにマイナスイメージを抱きすぎで、それに違和感を抱いていること*4

・(私に話してくれたとき、「言ったら離れていくと思った」と言っていたけれど、経験があるの?と聞いたところ)

 以前付き合っていた人と、それだけが原因ではないものの別れの一因となった経験があること

 

ざっくりまとめて上記。活動家、というわけではないものの、信仰心はある

現状、彼も彼の家族も、私や私の家族に信心を強制するつもりはない*5

 

なんというか1勝1敗という気分です。

大丈夫!とも言い切れないけれど、別れを決意するには材料として弱い…(すみません、なんだかんだ言って彼のこと好きなんです…)。

 

彼と話していて、「学会が悪く言われていることはあくまで噂であり、真実ではない」と思っているなこれは、と感じました。

私が「ネットで色々調べると出てくるでしょう?過激な例だとは思うけど…」とオブラート30枚包で言うと「う~ん…」と納得いかない様子。子どもの頃から当たり前にあったもの、信じる・信じないという判断の前に、刷り込まれてしまったもの。それを疑う言葉に対し、考えることをやめてしまう。典型的な洗脳の症状だと感じました。「本当にこうなるのね…先人の方たち、ありがとう…」と彼のことを冷静に見ることが出来たので、事前勉強しておいてよかった。それに対しての対応は追々。まずは現状把握からです。

 

あとは、彼は何度となく「そんなに大げさな話じゃないよ」と口にしていました。大げさな話だよ…!と言いたくなるのをぐっとこらえ、「でも宗教の違いって人生観とか根本的な考えの違いだよ。今は大丈夫でも、将来合わなくなるかもしれない」と伝えると、「でもそんなの宗教以外でもそうじゃない」と。うん、まあ、そうですね…(弱い)。とはいえ、実際宗教問題で世界では戦争が起こっているわけだし、日本に住んでる人なら新興宗教と聞いたら身構えるでしょう。

今後、まずは「お互いに歩み寄らなきゃいけない問題であること」を認識させる必要がありそうです。私だけ必死に考え込んでしまっている感が若干…。私は元々マイナス思考で不安になりがちなので、その「悪いクセ」だと思われていそうだと話していて感じました。

 

「他宗教のイベント(クリスマスや初詣等)も別に普通にやるし、結婚式も教会も神社でも挙げられるよ。人前式になるかもしれないけど」とも。私はイエス様に対して結婚を誓いたいわけではないのでそれはまあOK。私が我慢するということにはならなそうです。あとは葬儀やお墓の話もしていかなきゃ…。

 

彼自身も色々考えた時期、なぜ学会員の家に生まれたのだろうとか、葛藤したこともあったと話してくれました。彼が、現在の彼になった背景には間違いなく学会が存在していて、だから、脱会してほしいとは私からは言いません。

 

彼が彼の意志で考え、信仰することを選んでいるならば尊重したい。それだけです。

 

*1:置いていいのかよ!って思いましたけど

*2:会うときは大体彼の家に泊まっていましたが、私が居るときはしないでいたそうです。

*3:そもそも集まりなんて2ヶ月に1回程度だよ、と話していました。ここであえて嘘をつくような人でもないのですが、熱心な活動家の話とは相違があります(色んなブログでは、少なくとも週に1回)。今後の要確認事項

*4:これはカミングアウトのときも言ってました

*5:あえて「現状」という書き方をします

自分のための記録を始めます

どれぐらいの人がこれを読んでくれるかわかりませんが、はじめまして。

あいこといいます。

 

ブログタイトルおよびサブタイトルで全てが説明されていますが、婚約者が新興宗教信者でした。創価学会です。池田さんです

・祖父母の代から、自分は3世であること

・物心ついたときにはすでに入会していたこと

・日本は「宗教」という言葉に過剰に反応しすぎだと思っていること

現状、私が把握できているのはこれだけです。

 

私はと言うと、いわゆる一般的な日本人の家庭で育ちました。生まれたときにはお宮参り、そして成長と共に七五三、毎年お正月には初詣。観光地に行けば有名なお寺にも行きます。クリスマスだって存分に楽しみます。

 

このブログは、「彼と私(学会員とパンピー)の溝」をどう埋めていくのかを自分のために記録するために始めようと思います。

 

 

このまま結婚話を進めていくわけにはもちろんいきません。彼と話し合う必要があります。「よそはよそ、うちはうち」が通じればいいですが、少なくともこの何か月間調べた結果、そう簡単にはいかない。現に、ネットで適当なワードで検索すればウジャウジャ似たような悩みを抱えた人がいて、それに対するネット民の答えは大体が「やめておけ」です。「ろくなことにならない」と。私もそう思います

 

でも、学会話が出る前までは疑いもなく「彼と結婚する」と思っていたんです。きっと幸せな家庭になると信じきっていました。バカみたいですが、納得できるまでやってからでも、別れるのは遅くないと思っています。

現在プロポーズを受けた段階です。親への挨拶や入籍日、式の日取りもまだまだ未定です。「結婚しようね」という口約束のみです*1。話し合うにはきっと最後のチャンス。

 

これから先、私の考え方の整理や彼との会話の記録を中心に書いていこうと思っています。何よりも、誰にも相談できないこの問題を、さらけ出す場所がほしかった。一番の理由はそこです。

 

身バレ防止のため、フェイクやあえてあいまいな表現をする部分も出てくると思いますがご了承ください。

 

*1:婚約指輪もらっちゃったけど